台湾旅行記
2003年3月中旬のSARSパニックが起こる直前に、オーストラリアから日本に帰国する途中、台湾に2週間くらい滞在しました。メルボルンの語学学校時代に出会った台湾の友人たちによって台湾という地に興味を持つようになり、今回せっかくの機会だと思い、友達の家に泊めてもらっていろいろ案内してもらいました。その物価の安さ、食べ物に感動。そして何よりも日本と共有された歴史と人間性に心をうたれるものがありました。
特に、入院中の友人のおじいさんを嘉儀市の病院にお見舞いにいったときと、嘉儀神社跡地に行ったときには、懐かしいようなじーんとする不思議な感覚がありました。

そのおじいさんは、思い出すように、懐かしむようにしながら夢中になって日本語を僕に話しかけてきました。日本統治時代に教わった日本人の学校の先生と戦後もずっと文通を続けていて、もう死んでしまったが、その先生が大好きだったという話をするおじいさん。僕も自分のじいちゃんに親孝行するようなつもりで楽しく話していたのですが、あまりにもおじいさんが僕にしか話さないので、部屋に大勢いる親戚の方々に恐縮していると、こんなに楽しそうに話すおじいさんを見るのは初めてだと、友達が話してくれたので、よかった。(※このおじいさんは、2004年12月にお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします)

台湾は、どこを歩いても屋台があったり、駄菓子屋みたいなのがあったりする。アジア独特の猥雑な感じもあるけれども、香港を旅行したときとは違う日本の「昭和」のような小さいころに見たような懐かしさのあるところだった。

めんどくさがりなので、写真だけとってきたもののほったらかしにしていたので、どの写真がどこのばしょだったか記憶がいい加減だけど、勘弁してください。

台北の夜。とにかく原チャリが多い。朝・夕のピーク時には、2人乗り、3人乗りのバイクだらけになる。とてもじゃないけど、この国では運転したくない。
チキンスープ。だしが出てて最高。
えび蒸ぎょうざ。うまいだけでなくて安いんです。
熱くてやけどしそうな肉汁の詰まった小龍包。
まさか数ヵ月後には、SARSの流行によりマスク着用でないと入場できなくなるとは想像もしなかった台北の地下鉄。すごい便利。これでほとんど行動していました。
中正祈念堂(蒋介石記念館)の敷地内にあるホールだったと思う。
これも中正祈念堂の広場。
中正祈念堂の門。
孫文の記念館てのも台北にはあってよく似た施設だったので、どっちがどっちの写真か忘れました。
なんか中国風なつくりですな。
蒋介石の銅像。
銅像の前でデモンストレーションする兵隊さん。
なぜか友人の会社の同僚の結婚パーティーに出席しました。日本とはちょっと違う感じで面白かった。
国立植物園だったと思う。
台北の渋谷・西門町でなんかCM撮影をしていました。
回ってます。
豪華な海鮮料理
えびにあわびなど。
故宮博物館。やたらでかいです。
台北の近くには山がたくさんあって温泉もいっぱいある。2箇所に入りました。日本より観光化されてないけど、気持ちよさは同じでした。
淡水というところ。
屋台で食べた魚のつみれみたいなの。
なんかよくわからんが辛かった。
淡水から船にのりました。
横浜のような
ウオーターフロントという感じでおしゃれな淡水。
淡水の通りで中国の伝統的な劇みたいなのやってました。
龍山寺。
龍山寺。
龍山寺のうらない道具。
展望台から見た台北。東京に似てる。
士林夜市。おいしくて安いものがいっぱい

そのなかでもこのオアツエン(カキをお好み焼きに混ぜたようなもの)が最高!左はイカの煮物みたいなの。
士林には、日本の商品を売ってるところも。ピカチュウやドラえもんのバッタもんのぬいぐるみなども…。
朝食。友達の家の近所の食堂で食った。名前は忘れたが、クレープの中にチーズが入っていて、焼いたものにソースをかけたと思ってください。うまいっす、これは。
素敵な階段道。
九分は、廃坑跡等のノスタルジックな雰囲気。ベネチア映画祭のグランプリに輝いたトニーレオン主演の映画「非情城市」(観ていない)の舞台になった素敵な場所である。屋台やおみやげ屋さんもたくさんある。
もちのなかに竹の子を煮たようなものがはいってる。激ウマ。
肉をゼラチンのようなものでくるんでゆでたもの。うまい。
自分が見たおばけのお面を作るというテレビにも出たアーティストの美術館。かわいい。個人的に好きです。
どのおばけの面より、このアーティストのおっさんの顔が一番怖いんですけど…
屋台がたくさん出てます
近くの海岸線はきれい。